こんにちは。メタバース工学科担当教員のしゅんしゅんです。
2026年1月30日から2月2日まで屋久島に行ってきました!
何をしに行ったかというと、
1月30日~2月1日に開催される『屋久島と地球の未来会議』に参加しに行ったんです。
しかも、はじめての屋久島!!行く前からワクワクでした♪


羽田空港からまずは鹿児島空港に飛んで、そのあとプロペラ機に乗り換えて屋久島空港へ
天候が悪いとすぐに欠航になったりするので、屋久島は行くまでもアクティビティらしい。。。
しゅんしゅんは無事予定通り到着しました。


『屋久島と地球の未来会議』って何だろうと思っている人もいると思うので、公式サイトに掲載されていた説明を引用してしますね。
Theme
青い地球と共に私たちはどう生きるのか?
屋久島は、自然と共に生きる共生と循環の文化と経済を長い年月をかけて育んできた島です。 その指標となる「屋久島憲章」には、こう記されています。“ 人類と地球の宝である屋久島。
屋久杉を象徴とする大自然に抱かれ、神々に頭をたれ、
流れに身を浄め、
大海の恵みに日々を委ねて人々が生きた島。
この島は、はるかな昔から人々の魂を揺さぶり続け、
近世森林の保全と活用で人々が苦しみ葛藤した島である。
そして今、物質文明の荒波を免れた屋久島は、
その存在そのものが人間に対する啓示であり、
地球的テーマそのものである。”現代社会は、私たちに、地球や自然とどう共生していくのかという問いを投げかけています。物質文明の荒波を免れたこの島だからこそ、私たちはその問いに深く向き合うことができます。
本会議では、9つのセッションを通じて、多様な視点から「青い地球と共に私たちはどう生きるのか?」を探求します。ここに集う仲間と共に、これからの暮らしや社会の姿を描いていきます。
簡単に言うと、地球のこと、未来のこと、これから自分たちはどう行動して、何を残していくのかを考える場です。
この場に屋久島に住んでいる人、屋久島以外の場所から来ている人が100名以上集まりました。
そんな屋久島で感じたことや学んだことを皆さんに共有しますね。
もののけ姫の森で感じたデジタルの挑戦
屋久島に着いた日は屋久島と地球に触れるということで、ジブリ映画『もののけ姫』のモデルと言われている白石雲水峡を登山ガイドの方に案内してもらいました。
良い写真が撮れなかったので、いまいち魅力が伝わらないかもしれませんが。。。
透明度がめちゃめちゃ高い川が流れ、年月を感じさせる大きな杉の木が立ち、苔たちがイキイキと生えた苔むす神秘的な森でした。流れる空気も違うし、苔に触れると温かさと生命感を感じる。
途中、ガイドさんの提案でみんな裸足になって森の中を歩いてみたのですが、足の裏から土の冷たさを直に感じるし、砂利や階段になっている石を踏むことで痛みも感じる。
だからこそ、どのように歩くと歩きやすいのかを地面と向きあいながら考えて歩きました。
靴を履いていると何も考えずにスタスタと歩いてしまいますが、裸足になることで地球と向き合っている感じがものすごくした。
まさに五感を通して身体全体で屋久島の自然に触れた感覚でした。
森の中では感じることに全集中していたので、いろいろ考えられませんでしたが、その日の夜に参加者の人と話をしていて、ふと
これからのデジタル表現は、人間が五感で感じていることをどれだけ表現できるがポイントになるな
と思ったんです。
視覚的にリアルなものはたくさんあります。けど、メタバース空間上で風を感じたり、苔などの自然物の質感をリアルに感じたりすることはまだまだできないなと思っています。できたとしても空間のデータ量が大きくなってしまい、動作が重い空間になってしまう。
身体性を再現しつつ、データ量を軽くするにはどうするか
脳を錯覚させる方法をとっても良いし、新しいCG表現方法を開発しても良い
これは面白い研究テーマになりそうだなと思いました。
これからの社会で大切になるだろう『共異体』という考え方
少し難しいかもしれないですが、この屋久島と地球の未来会議でしゅんしゅんが一番心に残ったキーワードについても共有させてください。
それが『共異体』という言葉です。
この会議の基調講演で人類学者でもある秋田公立美術大学の石倉敏明准教授が登壇されたのですが、石倉先生は「共同体」に対して「共異体(きょういたい)」という新しい概念を提案されています。
共同体(きょうどうたい)という言葉は聞いたことがあるのではないかなと思います。
集団やコミュニティなどを共同体と言ったりしますし、冒険ゲームやマンガなどでは「僕たちは運命共同体だ!」なんていうセリフがあったりします。
共同体とは、理念や想い、価値観などが同じであることを前提として集団であることに対して、共異体は異なるものが異なったまま共存する社会のあり方を意味しています。”異なるもの”には、異なる価値観や文化を持つ人間同士はもちろん、人間以外の様々な生き物や死者といった、人ならざる存在も含まれているんです。
石倉先生は、「個々の違いを解消するのではなく、むしろ違いがあることによってこそ、個々の生命をつなぐことができるのではないか」という発想のもと、「共同体」という概念を「共異体」にアップデートすることを勧めます。
特にこれまでの日本の社会では「同質」であることが求められてきました。その結果、高品質・高生産性を実現し、社会が豊かになってきたという時代的背景はあります。しかし、多様な時代になったいま、「同質」を求められることに違和感や苦しさを感じている人もいるのではないでしょうか?
しゅんしゅん自身は同質化するのではなく、『尖った個性を尖ったままにしておける社会をつくろう』と思って活動しています。そういう意味でこの「共異体」という概念はとても良いなと思いましたし、これからの社会で大切なキーワードになるとも思いました。
ただ、間違ってほしくないのは「人と違っていいじゃないか」と言って、自分の主張を押しつけてよいという話ではありません。「共異体」は異なるもの同士が共存している状態です。共存するためには、分かり合えないままでも関係を続ける態度や世界観が必要だということです。
ポイントとなるのは異なる相手を理解しようとしなくてもよいけど、自分と相手は異なっているということを受け止めることではないかなと思います。
屋久島で感じたこと・学んだことを少しだけ紹介しましたが、いかがでしたか?
今回は縄文杉を見に行くことができなかったので、今度屋久島を訪れるときは縄文杉を見に行きたいな。。。














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